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「何言ってもいい系女子」の本音

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51374


何言ってもいい(と周囲に思われてしまう)系女子について言及してくれた記事。

わたしがこれまで苦しんできた、言葉にできない不快感を明言してくれた。


学生時代、男子生徒から酷い扱いをされてたなぁと思う。「お前らの(仲良し)グループで彼氏いないのお前だけじゃんw」「二の腕まじふてぇな!(二の腕を掴みながら)(このときは不快感をあらわにしても、さらに同じ茶化しをしてきた)」「彼氏欲しいのにできないとか干物女wアラサーw」「胸ちっちゃくね?Aあるの?」


本人は茶化したりdisったりすることでコミュニケーションをとりたかったのだろうし、場を盛り上げたかったのかもしれない。

でも私は、記事にあるように、これらの発言ひとつひとつに心をえぐられ、悲しくなって、それでも笑顔でいた。

一方で、虚しい事実ではあるが、当時の私は、私が茶化されて盛り上がるのであれば、それは私がその場に存在することを許されている証拠だと、少しほっとする材料にすらしていた。

それでも自宅に帰って冷静になってから、とても落ちこんで、やり場のない怒りに脳内を占拠されて夜眠れないこともあった。


冷静になれば、茶化されることでしか存在を許されないコミュニティに参加する必要はない。私を不快にする方法でコミュニケーションをとろうとする人と関係性を築く必要はない。



職場では、幸いにもこういった経験はしていない。

でも、たまに気になる発言がある。女の子がいると華があるねとか、若いのに仕事ばっかりして大変だねとか、彼氏いるの?彼氏できたらどうなるの?超デレるんでしょ?

発言主は(中年男性の多い職場なので)たいてい男性だ。本人としては世間話レベルで、私を見下しているわけではなく、傷つける意図もない。悪意もない。むしろ、私に質問することで、私のひととなりを引き出そうとしてくれている、善意なのかもしれない。

だから私もそれらしく反応するし、特段発言主を嫌うことはないけれど、でも やっぱり職場で(特に他社の人から)こういったプライバシーに直結する話題を出すのに抵抗がある。

もっとテレビドラマとか天気の話とか、そういう話で盛り上がることはできないのか?

世間話というのは教養の見せ所だと思う。

場を持たせたり相手をより深く知るために、個々人のプライバシーに直接踏み込みかねない質問は不要と思う。芸能、芸術、スポーツ、科学、時事問題といった昨今の話題を蓄えておけば、その話をするなかで、個人の価値観なり興味なりは自ずと染み出してくるものだ。



誰かを傷つけたり不快にしたりプライバシーを暴くような質問に答えることなく、またそういった質問をすることなくコミュニケーションをとれるビジネスマンになりたい。




最後に、べつに"女子"に限らず、こう言ったことに苦しんでいる人は多いはず、と思う。

振り返れば、わたしも(とくに男性に対して)「この人には多少きついdisりをしてもいいや」と思ったこともあったし、実際傷つけるようなことを言ったことがあるように思う。反省している。

この話題について、女性だからと被害者ぶるだけではいけないと、強調しておきたい。

高学歴総合職女子、大企業を辞めました

結局高学歴女子がなぜこの会社にいるのかきちんと理解してくれない会社からは、去ることにした。


転職面接で、付き合い残業という言葉を説明させた会社に行くことにした。この世にそんなものがほんとうに存在するのだと、あっけにとられた顔をする面接官をみて、まぁこの会社なら大丈夫だろう、と感じた。


現職の先輩社員たちには、この会社を辞めるなど勿体無いと言われ、たいして社歴ないのに辞めるなどあなたの人生の汚点になるとすら言われた。ただこの会社にあるものすべて失うことを惜しいともなんとも思わないからやめるわけであり、この会社にこれ以上いるのはそれこそが人生のリスクだと思えるから辞めるのだ。善意で言ってるのか知らないけど放っておいてほしい。あなたの善意はわたしには関係ない。


わたしがわたしとして楽チンな道、比較的適当に生きていても年齢に比例して高給が約束される道を歩みたくて現職に就いた。確かにそういうものはあったけど、周りはわたしが夢ある女性総合職らしくサービス残業して苦労することを望んでくるわけで、そんな環境はちょっと無理だ。男だろうが女だろうがサービス残業は違法であり、その他諸々の社内ルール不文律も不合理であり、そんなものを強制する管理職がでかい顔して指示を出すとかちょっと耐えられない。年齢に比例した給与をもらうためには想像以上の不合理に甘んじなければいけないと理解した瞬間、その不合理と給与は不釣り合いだと思えてならなかった。そんな環境に割く時間は人生100年になったとはいえ、無い。とりあえず高学歴女子総合職の頭数を揃えたくてわたしを採用した新卒採用担当には申し訳ないが、わたしの人生はわたしが生きるのであって、情で働き続けるほど私は暇じゃない。恨むなら社風を恨んでくれ。



ちなみに現職を辞めることについて勿体無いとか言ってくる人は社外にはいない。転職先を告げると、さもありなんという顔をする。わたしは社員をきちんと大切にする会社を選んだまでだ。無駄な残業を強要しないとか、中途半端な女性活躍を謳っていないとか、そういう(基本的な)次元において転職先のほうがまともであることは、日経系の記事をかじったことのある人なら皆知ってることだ。逆にいえば、現職を去るのを勿体無い、転職先は辛いのではないかと口を挟んでくる人はきっと、ビジネスマンではない。そんな人のアドバイスを聞くほど暇ではないのだ。



こんなことを言って転職して行く人はあまりいないと思うけれど、わたしの場合に限って言わせて貰えば、決して夢があったりやりたいことがあって転職するわけではない。ただまともな労働条件のある場所に、労働力の提供先を変更したまでだ。社風がどうだとか、仕事内容がどうだとか、そういうことを偉い人には言ってみるけれど、本当の理由を現職の偉い人つまりはよくわからん不当な労働環境に適応して評価されてきた昔の人に話す時間はわたしにはない。平成生まれのゆとり新卒はあなた方の想像より頭でっかちだ。たとえばサービス残業は違法残業だと知っている。違法労働をさせておいて、いざ辞めると言ったら周囲の人の迷惑になると責め立てて怒鳴り散らして誤魔化すような無能管理職に伝える本当の転職理由なんてない。自分の監督能力を恨め、さもなくば勝手に堕ちていけ。労基署に踏み込まれて減給左遷の憂き目にでも遭えばいい。




ちなみにそれなりの人数の同期、特に総合職女子が辞めているけど、採用担当はどれくらい負い目を感じることになるのだろうか。とくにPDCA回さず振り返ることもないのだろうか。ほんとうに女性の活躍だとか総合職を増やすとかそういうことを考えたいのであれば、やめた人達になぜやめたのか真摯にヒアリングかけるくらいのアクションを起こしてもいいとすら思う、新卒採用担当のみなさん。あなた方が目指す姿がどうなのかわからない、100人女性総合職採って10人残ればいいと思ってるなら今のままで充分だと思う。でも、もし50人に残ってほしいと思っているなら、さすがにやめた人達に事情とか本音を聞くべきだと思うよ、このやり方で、この景気の中でゆとり社員を社内に引きとめておくのは相当難しいと私は感じているのだけど。


高学歴高収入女子だけど過去の自分に誇れない人生を送っているとやっと受け入れることができました

将来のことを考えてみてるこの数ヶ月。ひとまず切ない現実を受け入れることができた、かもしれない。


きちんと大学出たしそれも偏差値の高い大学でたし、わたしが生きてるうちに倒産するわけがない会社に入り込んで平均以上の給与もらって毎年給与が上がっていく、とりあえず反感買わずに生きていけば肩書きも収入も確保できる、そんな状況に満足していないといえば、嘘になる。


だけどやっぱり不満があって、男女平等女性活躍がウリのはずの会社は結局誰一人育休とった男性はいなくて、定時に帰れるのは子持ち女性だけで、男性と子どもがいない女性にはひたすら業務を付与されて、上司はまったく悪びれずにサービス残業を指示し、しかもサービス残業しなきゃいけないほど必要とされている(と本人は思ってる)部署であることをちょっと誇りに思ってるみたいで、周りには女の子だけど仕事頑張らないとみたいなこと言われて、若いんだから早く来いと言われて、おじさま方はセクハラだってまったく気付かずに世間でよく咎められること、たとえば30過ぎた女性社員に早く結婚しろと言ってるけど、テレビでよく言われてるセクハラフレーズをよくも自然と口にできるよね。おばさん方は自分が産休育休をとりつつも頑張ってきた自負があるから、それ以上に大変なことを私はやってきたんだからお前も文句言わずにやれと無言の圧力をかけてくる。私がやれたんだからあなたもやれるはずとか、私が頑張ったんだからあなたもやらなきゃいけないとか、そんなのは道徳的にだめでしょう。自分が苦労したからってそれを他人に強いるのは、思考停止でしょう。



わたしが望んで歩いたレールの上にある世界は思ったよりあたまがわるい世界だった。もしかしたら仕事経験が浅いわたしがあたまがわるいのかもしれないけど、会社という敷地を出て外から眺めたら、なんとも思考停止した意味のない慣習がまかり通っている。業務効率化とかそういう理由がないルールがあちこちにある。そんな世界のためにこの若いキラキラした20代を捧げるつもりなんてどこを探してもない。


こんなことならレールからそれちゃえばよかった。よくわかんない、あたまのわるいルールに従うためにレールのうえを快速運転してきたわけではない。


わたしは今時の子だから彼らとは考えが相容れないと思う。彼らは昭和から早く抜けなきゃいけないと思う。なぜなら我々現代っ子は家族を顧みず24時間戦う熱血サラリーマンは退職後過程で居場所がないことを知ってる、熱血サラリーマンが仕事に熱血すぎてパートナーに構わず愛想を尽かされることを知ってる、仕事以外に打ち込むべきコンテンツが豊富な時代に生きている、男女平等女性活躍とは女性に育休をとらせて辞めさせないようにすることではないと気づいている、リスクヘッジとして熱血サラリーマンと専業主婦家庭は致命的だと学んでいる。そんな現代っ子にどれだけ昭和の仕事第一主義を押し付けたって正直1ミリも共感できない。新入社員は会社のルール、たとえば各種制度とか事務の流れを学ぶわけだから、先輩社員たちは新入社員がどういう価値観を植え付けられて生きてきたか学んで欲しい。現代っ子はあんたらが熱血サラリーマンを是としたり女性だけが育休とって適当に復帰させるのが男女平等だと信じたりする社会を作ってきたがためにおきた問題を肌身で感じてるってことを忘れずに仕事して欲しい。




でもそんなことを会社の人に教える暇なんてない。そんなことする暇あれば転職活動するわ。と思ってしばらく転職サイト見てとりあえず志望動機を作ってみるけど結局ネームバリューで会社を選んでしまう自分がいる。ネームバリューのある会社というのは甘いチョコレートみたいなもので、食べたら太るとわかっているのに買ってしまう食べてしまう。結局自分の理想のスタイルのために必要なのはサラダなのに。


一方で、あ、でも進学も良いなと思って大学院を考えてみるけど、勉強する根気がある自信がない。学部時代遊んでばかりいたからそもそもの基礎体力もないし。真剣に考えてみて初めて、あー会社辞めたいだけなんだな私、って気づく。



転職エージェントにいろいろ話さなきゃいけなくて、結局私は何になりたいのか考えたけど、どれだけ悩んでも恋愛結婚して幸せな家庭でぬくぬくしたいという結論にしか至らない。そこに仕事もなければ学問もない。苦労してまで仕事や学問にしがみつかないと成し遂げられない夢なんて私になかった。

そういう自分を確認したところで、Facebookでとある人が過去の自分にメッセージを送っている投稿を見かけた。3年前の自分に向けて、結局会社を辞めて留学してるよ、色々あるけど楽しく暮らしてるよ、という内容だった。紆余曲折あった人生を肯定して誇っていた。



それを読んで気づいた、あ、私は3年前の自分にこういう文章は書けないな。あ、私は自分の人生に誇り持ってないな。不満しかないな。申し訳ないな。お金かけて愛を注いで育ててくれた両親に顔向けできない以上に過去の自分に合わせる顔がない。



じゃぁどうすれば3年後の自分が誇り持てるかって考えたら、とりあえず今の会社にしがみついて業務をひたすらすることのように思えなかった。ただやめたいと思っていたけど、よく考えてもやっぱりやめるのが正解らしい。学卒就職というのは私にとって楽チンな道を選んだ結果で、なんのチャレンジもせずに掴んだ場所だから。そこでそれなりに頑張ったとしても、なんだか、楽チンな場所に入って与えられたことをやり続けているようにしか、受け取れない。



とりあえず会社から離れること。楽して手に入れたポジションから離れて、努力して道をつかむこと。今の会社にい続けても、努力して掴みたいポジションは無いから。転職というより進学が適しているのだろうか。大学の時みたいに、入試突破したら満足してしまわないだろうか、その先のプロセスにも努力し続けられるだろうか。そんな不安はあるけれど、掴みたいポジションのない組織でそれなりに頑張るより、進学のために動くほうが、3年後の自分の誇りに近づけると思った。




それなりの給与もらって物質的豊かさを享受することを第一の価値観として就活からの3年の間生きていたけど、将来の自分が過去の自分に誇りを持てるか、を大事にしようと心を入れ替えた日曜だった。


この決意が月曜の朝に続き、来週も半年後も続き、来年も再来年も続きますように




会社員はもうちょっと自分の会社の立ち位置を理解した方がいい

ちまちま働き続けて月給をもらって一月が終わるという生活も長くなったけれども、仕事にやりがいなんてなくてこの世で一番楽しみな紙切れは給与明細である。

わたしはまぁまぁ高学歴だから周りのおじさんおばさんからなぜうちの会社に来たのかと言われることもそれなりの頻度であるのだけど、その質問には至極簡単なだけど絶対に口にできない答えが待っている、この会社なら適当にしていてもお金がもらえそうだからだっていうそれだけのことだ。

わが社は高学歴からしたら入るのは簡単で適当にやっていてもそれなりの給与がもらえて年功序列でそれなりに給与が上がっていって、そして終身雇用で60まで食いっぱぐれないことがほぼ保証されている、だから適当に生きていたいふらふらしていたい高学歴に大人気なのだ、だから新卒採用のエントリーシートは止めどなく届く。早慶上智、東京一工から山のように届く。

人事は少しはわかっているはずだ、この現状を。わからずにエントリーシートを裁いているならわが社の人事はたぶん無能。だけどわが社の社員はあんまりこの事実現実に気づけていない。わが社を選択した高学歴を本気で不思議がる、その選択を本気で不思議がる。そしてだから、わが社で適当に過ごそうとする高学歴の不可解な実力とありえない無気力に頭を悩ませるのだ。

どこ卒のくせに仕事ができないなんてそういうのは序の口だ、その人がほんとに仕事ができないのか、適当に生きたいたいから仕事を適当にしているのかどったか見極めるのはそれなりに厳しくて、高学歴がゆるふわゆとりちゃんを体現するために入る会社ではそこを見分けてくる人はあまりいないのではなかろうか。

実力を発揮しなさいとか舞台を用意しただとか期待してるというのもきっと違うだろう。その高学歴は適当にいくらかもらうために適当に仕事しているだけであって、出世に結び付くか曖昧な責任なんて欲してないだろう。だからその舞台で高学歴が活躍できないのはほんとうに仕事ができない奴だからかもしれないしあるいは、そんな舞台に興味がないのだろう。その舞台にわざわざ挑んだことによってどれだけ出世の、昇給のスピードがあがるか、責任とそれで得られるかもしれない社会的地位を天秤にかける。たぶんそんな舞台わざわざ挑まずともそれなりの地位はもらえるのが勤務先のいいところで、だから、きっと多くのゆとり系高学歴は責任を背負いたいとは思わないはずだ。

世の中は自己成長とか自己研鑽とかそんな言葉で溢れているけれど仕事で無駄な責任を背負い込んでまで自分を高める必要はあるだろうか。私生活では自分は高まらないのだろうか。責任に潰されそうになってまで人よりちょっと早い出世は必要だろうか。

適当にしていてもそれなりに生きていけるそんな余裕のある会社にはいれただけ幸せと思えそれなりにきちんと働けと怒られればなにも言えない。だがしかし適当にしていてもそれなりに生きていけるようになるために高学歴は高学歴になるために頑張ったという事実もあるところには、ある。

なにが言いたいのかといえば、高学歴だから仕事で出世したいとか結果を出したい評価されたいと思う人間ばかりではないということを世の中に知ってほしいのだ。偏差値さえ稼げばそれなりの世界の仲間入りができる現代日本で、偏差値しか稼げなかった落ちこぼれ高学歴だと笑ってくれればいい。きっと彼らの友人は起業でも社会貢献でもしているだろう。ゆとりを目指す高学歴は、素晴らしい友達に囲まれながらきっとコンプレックスでいっぱいだ。言ってみれば可哀想だ。そんな人たちが自己正当化して一定レベルの、一定レベルでしかない生活を手に入れられるのがわが社であり就活偏差値中堅の企業なのである。だからあなたの仕事場のゆとり高学歴が適当に生きていてもそれはその高学歴が能無しなのではない、能無しなのだろうが脳がないなりに楽な生き方を模索しているところなのだろう。だから不思議がらずに受け入れてほしい、それがこの記事の趣旨だ。

今は2017卒の就活真っ只中である。来春もきっとナメた高学歴がわが社にそして国内の職場に溢れるだろう。世の中の人事部はそんなことに薄々気づきながら、面接に駆り出される社員はそんなことに全く気づかないまま採用活動を進めていく。志望動機を語る有名大学の学生のどれだけが本気でそれを想っているだろうか。6月1日の解禁日まであと少しだ。

二年ローンで脂肪吸引した話③費用について

脂肪吸引の話をする。

 

太もも脂肪吸引、費用について、今回のテーマ。

 

題名にあるように、二年ローンで、合計支払額が70万円くらい。

うち利息が7万円くらい。

ボーナス等々を使って、少し早めに返済を終えるつもり。

 

 

娯楽&食費に12万円くらい使える生活をしているなかで、ローンは月々2万円程度。

払える金額。

 

最近までエステサロンのローン月15000円を払えていたから、まぁこのくらいも払えるだろう、と思った。

 

ちなみに、相当効果を実感している脂肪吸引、正直、おなか周りや二の腕にもしたい。

ていうかおなか周りをやらないと、せっかく脚が細くなったのに、おなかのせいで細身のパンツが入らない・・・。

 

とりあえず太もものローンが終わるまではさすがに我慢しようと思って、こういうのでおなかを押さえつけている。

 

 

 

こういうのも結構効いて、見た目スッキリに見えるからありがたいのだけど、やっぱり苦しくもあるので、さっさとお金ためて今のローン解消してほかの部分も脂肪吸引したい・・・、はぁもどかしい、でも世の中そんなもん

東京の人があの日のことを話すとき、ちょっと楽しそうな感じがしてしまう。非日常という、興奮。

脂肪吸引の記事が完成していないけれど、やっぱり今日はこの話題に触れておきたいな、と思ったので、触れてみる。

 

職場で黙とうをささげてきたけれど、ここでもう一度、亡くなった方のご冥福を祈ります。

 

さて、

 

もう5年なのかまだ5年なのか議論の余地があると思うからただ5年とだけ言うけど、5年後の今年は、Twitterで14時46分に「黙とう」する人も少なければ、3月11日という日取りにおめでたいことをすることも、後ろめたさが薄れてきた、というか、「悲しむばかりの日ではない」、いい意味で「ほかの日と同じ」という感覚が出てきたように思う。

 

きっとこれも個々人で意見が分かれると思うけど、私はこの傾向をいい変化だと思っています、風化と捉える人もいるのかもしれないなぁ、と思うけど。

 

 

 

ところで、

 

この5年を通してずっと私が思っていたことがある。

首都圏に暮らす私の周りにはもちろん、首都圏に住む人は、「地震で帰宅難民になった」「親族は全員無事」「財産も全部無事」という人が多い。

 

なんだかそういう人は、あの日のことを話すとき、楽しそうに、見える。

 

すごく不謹慎なことを言っているのは、わかっています、

だけど、5年間わたしがずーーーっと感じてきたことを正直に言うと、こうなる。

 

そして、その原因も、考え続けて、なんとなくわかってきた。

(考える間もなく気づくべきだった、と思う)

 

 

 

 

非日常という興奮。

 

 

身の回りに犠牲者のいない人にとって、もしくは財産にダメージの無い人にとって、あの日は、ここ数年でもっとも興奮する非日常の一日だったから、あんな話しぶりをするのではないか、ということに気づくまで5年もかかってしまった。

 

帰宅難民とか、自転車を買って家まで漕いだとか、学校やホテルに泊まったとか、そういう非日常、計画停電という非日常、学校行事中止とか入学式が消えるとか春休みが延びるという非日常、”不謹慎” ”原発事故”という非日常。

 

非日常がただの非日常で済んだ人にとって、非日常は悲しみよりさみしさより悔しさより、興奮を呼び起こすんだろう。

 

場がこういう空気になったとき、

「こんなに楽しそうに話すことじゃないのに」

「なんで話し手はにこにこしているんだろう」

と感じて、

でもいざ自分が当日なにをしてたか聞かれると、臨場感たっぷりにどんな行動をとって家に帰るまでどれだけ大変でどんなに時間がかかったか、熱弁してしまっていた。

 

 

よくないことだなぁ、不謹慎だよなぁと思うのだけど周りに言えないし、注意なんてできないし、違和感だけわだかまりだけ、私の心の中に溢れて。

 

 

毎年この時期になるとあふれる、ただただ感動ストーリーを垂れ流し復興の遅れを嘆く特集報道もどうかと思うけれど、その一方でなんだか楽しそうに、もちろん本人に悪気はないんだけど、あの日のことを話す自分たちがいる。

それもそれで、あの日への不誠実な態度だと思う。

 

 

 

そんなことない、という首都圏の人もいるだろう、

あくまで私の周囲の話。

不謹慎、という、東北の人もいるだろう、

違和感を行動に移せなくて、ごめんなさい。

 

たぶん私は、これからも、興奮気味にあの日のことを話す「帰宅難民以外の不幸を蒙っていない人」をとがめることはできない。

 

空気を読む、から。

 

 

でもせめてこの記事がそういう経験のある人の目に留まって、考えるきっかけをあたえることになれれば、と思う。

 

それで、楽しそうに、あるいは楽しそうという言葉が不適切なら、興奮気味に、あの日の話をする人が減ったらいい。

 

口頭や面前が無理なら、ネットを、テキストを通して。

卑怯かもしれない、

でも世の中そんなもの。

 

 

 

 

二年ローンで脂肪吸引した話②周りにバレるかって言うとね…

私がいざ脂肪吸引しようと思い立って、ちょっと不安だったのが、脂肪吸引したこたが周囲にバレるんじゃないか?ということ。

別に脂肪吸引が悪いことだとは思わないけれど、親はいい気持ちしないだろうなぁとか、友達が知ったら叩かれそうだなぁとか、職場でばれたら面倒だなぁとか、考えた。

結論から言うと、痩せたことは気づかれる。でもそれが、脂肪吸引のお陰だということまでは誰も気づいてないっぽい。

術後2週間は歩き方諸々にどうしても難ありで、私が腰だか脚を痛めているのではないか、という心配をされる。まさか美容のために身体にメス入れましたとも言えず、ひたすら筋肉痛と言い訳。
2週間も続く筋肉痛なんてあるのか…(笑)
しかも私、普段から運動なんてしないのに(笑)

術後1週間で友達とお茶したときも、立ったり座ったりが辛かったけど、できるだけ素早く動くようにして、気づかれずにいられたつもり。特になんのつっこみもされなかったし。

術後2週間したくらいから細さを実感して、SSサイズのスキニージーンズを買ったのだけど、それをはいて出掛けたときは、知り合いにはすごく細くなったね、と言われたかな。


でもまさか脂肪吸引とは思ってなさそうなかんじ。あくまでダイエット成功したの?ってかんじ。


術後1ヶ月、マッサージにいったときは、太ももを避けてくださいと言ったけど、マッサージ師さんは不思議そうにしつつも特に突っ込みはなし。
ふくらはぎの浮腫みとかで勘づいたりしてたりして。
余談ですが、術後の浮腫みは本当にすごくて、ふくらはぎ揉まれるととっても気持ちよくて感動の域。


ちなみに親の前では、術後1ヶ月以上あまり細身のものははかないようにしていました。動きが鈍いのは筋肉痛と言って、痩せた脚は見せないようにして。術後2ヶ月くらいから徐々に細身のものを着だして、ちょっと痩せたね~とか、脚細くなったねって言われたかんじ。気づいてないとおもう。親は何でもお見通し…なのかもしれないけどねぇ。

親にばれてたらもう仕方ないよね。怒られてないだけまし。でも世の中そんなもんだよね。